ゲノムビジネスがもたらす未来は何がどうヤバいのか

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こんにちは、笑ゥもなりざさんと申します。本業は医者をやっております。

仮想通貨アカウントとしてやっておりますが、最近は仮想通貨に関することは全然ツイートできておりません(白目)。

引き続きノードを建てたりして仮想通貨も頑張っていきたいと思いますが、今日はもともと興味を持っていたとあるビジネス分野についてブログ記事にしてみました。

そのテーマはゲノムビジネスです。

ゲノム分野は近年、ブロックチェーンディープラーニングのように大きなイノベーションを起こしている領域です。

また、ゲノムビジネスの領域にすでにブロックチェーンが入り込もうとしている状況でもあります。

ゲノム分野のビジネスについて、どのような未来が予想され、どのようなリスクが存在するのか、常々感じていることを含めてまとめてみました。

なぜゲノムビジネスが注目を集めているのか

近年、ゲノムビジネスが医療を変えると言われるようになってからだいぶ時間が経ち、現実に世の中の医療を変える段階に来ています。

ゲノムビジネスが注目を集めている理由は多くありますが、一番はゲノム解読の価格破壊が起きたことです。

ヒトゲノム解読が終了したのが2003年ですが、ゲノム配列はまだまだ謎の宝庫です。

どの配列がどういった病気に関係しているのか、についてはすでに部分的には着々と解明が進んできているとはいえ、現在においてもなお未踏の地が多く残されています。

ゲノム研究から新たな発見をしてビジネスにつなげられる多くのチャンスがまだ眠っていると言えます。

そこへ来て、近年、次世代シークエンサーと呼ばれるゲノム解読の画期的な発明が起こりました。

The Cost of Sequencing a Human Genome - National Human Genome Research Institute (NHGRI)

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引用元:National Human Genome Research Institute

上のグラフを見ていただきたいのですが、ゲノムの解読にネックとなっていたコストの低下に関して、次世代シークエンサーの登場によりムーアの法則がぶっ壊れました

ゲノムの新たな解読法の開発によって、ゲノムの解読コストを激安にすることに成功したのです。

ゲノム解読にかかるコストの推移のグラフを見ると、恐ろしいほどの価格低下が起きていることがわかると思います。グラフは対数グラフです。

それまで一人の全ゲノムを解読するのに億単位だったコストが現在では10万円以下まで下がって来ています。

これによって、たくさんの人間のゲノム情報を読むことが、「いくらお金があっても無理」というレベルから、「お金さえあればなんとでもなる」というレベルにシフトしたのです。

そして、たくさんの人間のゲノム情報を集めれば、そこから新たな発見ができ、新たな治療法の開発に繋がるかもしれないという状況に対して、多くの企業の参入が起きたのです。

ゲノムビジネスと一言で言っても様々なビジネスがあります。

ゲノム情報を保存し解析するクラウドサービスであるGoogleゲノミクスAWSゲノミクス、ゲノム配列解析のための機器を開発するilluminaなどゲノムに関わるビジネスは多岐に渡ります。

このエントリーではその中でも、「自分のゲノム情報を知りたいというニーズに答えるビジネス」に焦点を当てたいと思います。

ゲノム情報とは何なのか

ここでいったん、「そもそもゲノムとは何か」という話をさせてください。

ゲノムとは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成されてできた言葉で、英語で書くとgenomeです。

人間は37兆個の細胞が集まってできた生命体であり、その37兆個の細胞の中には核と呼ばれる構造物が存在し(赤血球など一部の核が存在しない細胞は除く)、核の中には染色体と呼ばれる棒が46本入っています。

その染色体と呼ばれる棒はDNAと呼ばれるヒモをよじって捻って巻きつけて作られたものです。

1本の染色体を綺麗に解いていくと (現実には難しいですが) 2本のDNAが二重にらせんを作ったヒモ状構造になります。

さらにそのヒモ状構造を作るDNAを見ていくと、DNAにはアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)と呼ばれる4種類の塩基が何らかの決まりでひたすら並び続けています。

このA、G、T、Cの塩基の並び方がゲノム情報です。

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引用元:https://chugai-pharm.info/

人間では46本の染色体の棒の中に約60億塩基の配列が存在していることがわかっています。

厳密には、次世代に引き継がれる情報は母親由来、父親由来がそれぞれおよそ30億塩基となるので、ヒトゲノムといった場合にその数はおよそ30億塩基とする(より正確には32億)のが決まりです。

ここまで延々と何が言いたかったのかというと、つまり人のゲノム情報というのはA、G、T、Cの4文字を使って作られた30億文字の文字列だということです。

この文字列の中に、2万個を超える遺伝子の情報が書き込まれています。

30億とはいえ文字列なので、データとしてクラウドに保存することは容易ですし、サーバからサーバへ移動することも容易です。

ただの文字列なのでファイルになってしまえば情報の漏洩も容易に起こるため、そういった問題に対する対応策や規制も必要になってきます。

この30億の文字列の収集を巡って激しい戦いが起こっているのが今のゲノムビジネスの状況です。

ゲノム情報が一体なんの役に立つのか

たとえばゲノム情報がわかれば、そのひとがどんな病気になりやすいかがわかる可能性があります。

細胞の中では、ゲノムの配列に基づいてタンパク質が作られます。

仮に生きていくために大切なタンパク質を作るためのゲノム配列が1文字抜けてしまっていたり、他の文字に置き換わっていたり、または大きく変わってしまっていたりなどの遺伝子異常があると、作るべきタンパク質を正常に作れなくなることがあります。

例えばガンを防ぐタンパク質を正常に作れなくなってしまうと、ガンになりやすくなってしまいます。

このために、遺伝子異常によって病気が起こることになります。

仮に自分の30億の配列を全部調べ、なりやすい病気を調べることができれば、早めに手を打つことができます。

一つの例ですが、アメリカの女優であるアンジェリーナ・ジョリーさんの例が有名です。

アンジェリーナ・ジョリー - Wikipedia

彼女は遺伝子検査を受け、ガン化を抑制する遺伝子である「BRCA1」という遺伝子配列に生まれつき異常があることが発覚しました。

この遺伝子に異常があると卵巣がん乳がんになりやすいことが既に研究で分かっていました。

実際に彼女の母親も卵巣がん乳がんを発症して亡くなっており、母方の祖母が卵巣がん、叔母が乳がんで亡くなっていました。

そのため、彼女は将来のがんの発症を予防するため、乳房切除と卵巣摘出の手術を受けたのです。

この話は大きなニュースになったため、ご存知の方も多いかと思います。

この話からわかることは、あらかじめ遺伝子検査を受けることで、将来の健康に関する利益を受けられる可能性があるということです。

あなたのゲノム情報をあなた自身に提供するビジネス

じゃあ全ての人が遺伝子検査を受けるべきかというと、それを実行するのは難しいのが実際のところです。

ゲノムを読むコストが著しく下がったとはいえ、全ての健康な人が遺伝子検査を受けるために病院に押し寄せたら医療費は高騰し、病院の現場も回らなくなってしまいます。

そこで出てきたのが「あなたのゲノムを読んであげますよ」というビジネスです。

このゲノム解読ビジネスをやっている企業の一つに23andMeという企業があります。

mainichi.jp

23andMeは、2006年にGoogleの創業者であるセルゲイ・ブリンの妻であるアン・ウォジツキーが作った企業です。

当然のことながら、Googleが出資している企業の一つでもあります。

この23andMeの歩んできた道は非常に興味深く、ゲノムビジネスが医療機関なしで成立するべく規制と戦いながら道を切り開いているのを目の当たりにすることができます。

当初、23andMeは顧客のゲノム情報を解読し、病気や健康に関する情報を顧客に提供していました。

しかし2013年、米食品医薬品局(FDA)がこれに待ったをかけ、販売停止命令を出しました。

提供している情報の正確性が疑問視されたのです。

wired.jp

この結果、23andMeはゲノム情報に基づいた医療関連の情報提供を休止し、祖先に関する情報の提供のみのサービスとして事業を継続することになりました。

しかしとうとう2017年4月、FDAは23andMeに対し、ゲノム情報に基づくパーキンソン病アルツハイマー病など10疾患に関する情報の提供を認可しました。

mediacenter.23andme.com

さらに2018年3月、FDAは23andMeに対し、2つのがん抑制遺伝子(BRCA1とBRCA2の二つ。前者は前述のアンジェリーナ・ジョリーが異常を持っていた遺伝子)について、顧客に情報を提供することを認可しました。

mediacenter.23andme.com

これによって23andMeはアメリカにおいて医療機関を通さずにゲノム情報に基づく医療情報の提供ができる企業となり、現在もサービスを継続しています。

今後も認可される医療情報の範囲は広がっていくことが予想され、医療機関を介さずに利用者が自分の将来の重大な病気を予見できるようになっていくと考えられます。

ゲノムビジネスによる未来とリスク

これまでに挙げた23andMeのゲノムビジネスは、すでに明らかになっている医学研究結果に基づいた情報の提供です。

しかしゲノムビジネスの本当の利点は、大人数のゲノム情報を集め、それを医学情報と付き合わせることで新たな病気の原因遺伝子を発見し、新たな治療法の開発につなげられる可能性があることです。

大規模な人数のゲノム情報を集めることは、これまで大学や病院などの研究機関が費用の問題でできなかった課題でもあります。

企業がビジネス化することで、このようなゲノム情報収集のプラットフォームともいうべきシステムを作り上げたことはすごいことです。

こういったゲノム情報収集に関してさらに収集する情報量を拡大するべく、ブロックチェーン分野においてもすでにNebula Genomics、Zenome、LunaDNA、EncrypGenといったプロジェクトが存在しています。

www.nebulagenomics.io

zenome.io

www.lunadna.com

encrypgen.com

これらのプロジェクトは個人が自身のゲノム情報と引き換えにトークンを受け取るというシステムの構築を目指しています。

要は個人が自分のゲノム情報をトークンを介して売却できるモデルです。

確かに、こういったプロジェクトがうまく進んで多くのゲノム情報が集まり、医学研究が進むことで私たちは将来自分のゲノム情報から自分の健康に関する様々な情報を得ることができるようになるかもしれません。

しかしここで、ゲノム情報に関する重要なリスクについても触れておかなくてはなりません。

こういったゲノム情報が仮に個人に結び付けられる状態で漏洩した場合、その個人に与える影響は計り知れません。

ゲノム情報を他人に知られることは、名前や住所などの一般的な個人情報が漏れることよりもはるかに危険なのです。

なぜなら、自分のゲノム情報は未来を予知しうるものであり、また変更することができません。

仮に保険会社がこの情報を手に入れれば、将来病気になると予測される人は保険に入れなくなる可能性があります。

また、就職に関してもゲノム情報によって病気になると予測される人は採用されなくなる危険があります。

考えたくありませんが、配偶者が将来不治の病にかかるとわかってしまって離婚するみたいなことも起きないとも言えません。

全ての情報は漏洩する可能性を持ち、万が一上述のような"ゲノム差別"が起きた場合にそれを社会が解決できるのかは全く不明です。

ゲノム情報漏洩の実例

実際にゲノム情報と個人情報が意図せず結びついてしまう問題がすでに起こっています。

Personal Genome Projectという研究目的に個人ゲノムデータを集約してオープンデータとして公開しているプロジェクトがあります。

このプロジェクトではボランティアでの個人ゲノムデータの提供を受けています。もちろん23andMeで解読してもらったゲノム情報も受け付けていました。

しかし、23andMeのデータはファイル名に個人名が含まれ、これをそのままPersonal Genome Projectに提供する人がいたため、多数の個人についてゲノムと個人名が結びついて公開されてしまったのです。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/essfr/7/4/7_348/_pdf

ファイル名に個人名を含めることなんて愚かだ、とか自分の名前のついたゲノムデータファイルをそのままアップするなんて愚かだ、という意見は確かにあるでしょう。

しかしいくらこのケースを愚かだと批判したところで、意図せず個人情報とゲノム情報が結びついてしまうケースは今後も十分起こり得ます。

Personal Genome Projectではその後、「将来にわたって匿名性は保証されない」ことへの同意を前提にデータの収集を行なっています。

ゲノム情報を提供して、それが自分だとわかってしまってもいいという覚悟のある人だけデータの提供をしてくださいという状況です。

このプロジェクトでは、ゲノム情報を集めるにあたり個人のプライバシーを守る、という方針は放棄されたのです。

ゲノム情報の提供に対価を与えるべきか否か

前述のNebula Genomicsなどのゲノム情報提供の対価にトークンを与えるというプロジェクトは、ゲノム情報をより大量に集めるということに関しては画期的なのかもしれません。

23andMeの場合は、顧客側は費用を支払い、自身の健康に関する情報を得るというものでした。

23andMeのケースでは、ゲノム情報の保有権を持つのは顧客ではなく23andMe側です。

一方、Nebula Genomicsでは顧客が解析結果をトークンで買取り、顧客自身が保有権を持ちます。

そのため、顧客が研究機関や製薬企業などに自身のゲノム情報を提供し、対価としてトークンを受け取る権利を持ちます。

上述のような"ゲノム差別"のリスクがある状況で、不特定多数に情報漏洩するリスクを背負うのだから対価があってしかるべきだというのは確かにその通りかもしれません。

しかし、貧困層の人間が金銭を得るために意志に反して自身のゲノム情報を差し出さざるを得ないというような状況も起こりかねません。

金銭の授受が発生するということは、悪意のある人間が他人の組織を勝手に採取して勝手に売却するようなケースが出てくる可能性もあります。

こういった問題を社会がどのように解決するべきなのか、また解決できるのか、現時点ではわかりません。

しかし、ゲノムビジネスが進むことで治らない病気が治るようになればそれは素晴らしいことです。

ゲノムビジネスの発展がもたらす未来は、"ゲノム差別"のような恐ろしいことが起きるものではなく、病気の予知を可能にし、新たな治療の開発を可能にする素晴らしいものであってほしいと切に願います。