ブロックチェーンと人工知能は本当は相性が悪い

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こんにちは、笑ゥもなりざさんと申します。本業は医者をやっております。

当然ながら私は人工知能の専門家ではないのですが、2年くらい前に本業に活かせないかとディープラーニングに興味を持ち、それ以来ちまちまと独学しておりました。

現在は自力でプログラムを組んでGPUを使ってディープラーニングブイブイ計算機を回すことができるまでになりました。

調子に乗って試しにディープラーニングでBTC価格を予想して取引するBotを作ったところ、ポジション持ったままエラーで動かなくなり、ただのBTCガチホマシーンの開発に成功しました。

私は仮想通貨の世界に入ってきてから、いくつか人工知能ブロックチェーンを組み合わせたプロジェクトを見かけました。

常々思っていたのですが、人工知能ブロックチェーンは果たして本当に相性がいいのだろうか?組み合わせることで相乗効果が期待できる技術なのだろうか?という疑問がありました。

一見すると両者とも近年のバズワードでもあり、人工知能ブロックチェーンを組み合わせれば、何やらすごいプロジェクトが完成しそうに思えます。

こういった点に関して一度しっかりと掘り下げてみたいと思い、改めて考えてみることにしました。

まず、人工知能とはなんぞや

まず、近年話題になっている人工知能について考えてみます。

と言っておきながら話をぶち壊しますが、今のところ人工知能なんてものは存在しません。

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今現在、世界中どこを探しても人工知能なんてまだできていないのです。

人工知能はすでにたくさんあるよ」という人もいますが、これは世の中に出回っている人工知能の定義が一つではないからです。

そして、私自身は人工知能はまだ存在していないという意見に沿う人間であるということです。

以下に人工知能研究で有名な東京大学の松尾先生の言葉を引用させていただきます。

世の中に「人工知能を搭載した商品」や「 人工知能を使ったシステム」は増えているので、人工知能ができていないなどと言うと、びっくりするかもしれない。しかし、 本当の意味での人工知能 ー つまり、「人間のように考えるコンピュータ」はできていないのだ。

人間の知能の原理を解明し、それを工学的に実現するという人工知能は、まだどこにも存在しない。したがって、「人工知能を使った製品」や「人工知能技術を使った サービス」というのは実は噓なのだ。

松尾 豊 人工知能は人間を超えるか (角川EPUB選書) KADOKAWA / 中経出版より引用

実際のところ、人工知能という言葉の定義は研究者の中でも異なり、未だ議論がなされている論点でもあります。

しかし、上記の松尾先生の言葉は今の現状を理解するのにとてもしっくりきます。

人工知能という言葉が近年再度注目され始めたのは、2012年にImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge (ILSVRC)というコンピュータを使用した画像分類の大会で、ディープラーニングという手法を使ったチームが圧勝したことがきっかけです。

http://www.nlab.ci.i.u-tokyo.ac.jp/pdf/CNN_survey.pdf

つまり、近年の機械学習の大きな進歩はディープラーニングによって作られた画像分類器に起因します

ディープラーニング自体は、ニューラルネットワークと呼ばれる計算ネットワークを使った手法の一つです。

ディープラーニングでデータを学習させることで、機械による分類器や予測器を作ることができます。

しかし、機械による画像分類器はいくら精度が高くても、それ自体で「人間のように考えるコンピュータ」とはなりません。

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人間の知能は五感から入ってくる情報から自律的に判断し、時として感情によっても行動を選択します。

人間の知能は単純な分類器よりももっと複雑です。

つまりいま世の中で起きているのは、機械による正確な分類器や予測器に人工知能という呼び名が商用的に与えられてしまい、その呼び名に対して多くの人が「人間のように考えるコンピュータ」を想像してしまっている状況です。

人工知能と聞けば何か計り知れないことをする崇高なコンピュータを想像してしまいます。

しかし分類器・予測器と聞けばいまの人工知能の現状が自ずと理解できます。

今の状況は、「人工知能」や「AI」という言葉は、今現在、その言葉に「人間のように考えるコンピュータ」を想像させる狡猾な優良誤認のために使用されてしまっていると言えます。

じゃあディープラーニングは役立たずなのか

人工知能は存在しない、それならば人工知能の名を冠せられてしまったディープラーニングは役立たずなのか、というとそうではありません。

ディープラーニングを使った画像識別はこれまでの技術を凌駕します。

これまで既に、とても精度の高い分類器・予測器を生み出しています。

医療の分野だと有名なのは、まず糖尿病網膜症です。

ディープラーニングによって眼底の画像を使って、機械だけで眼科専門医に匹敵して糖尿病網膜症を正確に診断できるようになりました。

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2665775

また、皮膚がんの診断も同様に、皮膚の画像を使って皮膚科専門医と同等に判断ができることがわかっています。

Dermatologist-level classification of skin cancer with deep neural networks | Nature

これらはすでに診断機器やアプリとして開発が進み、すでに実用の段階に来ています。

これらの進歩は人工知能ができた」わけではなく、「機械の眼ができた」と考えるとより理解しやすくなります。

10mtv.jp

ディープラーニングによる分類器・予測器の誕生は、あくまで人間並の、または人間の精度を超え得る「眼」ができた段階なのです。

つまり、機械への情報の入り口としての優れた「眼」の誕生です。

現実には「眼」だけでは役に立つケースはなかなか少なく、これになんらかの「手足」が付いて初めてより役に立つものに生まれ変わります。

今後この「眼」からの情報を使って「手足」を動かす機械たくさん生まれれば、爆発的な変化が世の中に広まるだろうという段階にあるわけです。

ディープラーニングと相性が良いのは「手足」

ディープラーニングによって人を超え得る「眼」ができると証明され、ディープラーニングはいま「手足」を欲しています

例えば、そういった「手足」の良い例の一つは自動車です。

https://blogs.nvidia.co.jp/2018/01/25/training-self-driving-vehicles-challenge-scale/

ディープラーニングによる眼によって情報を得て判断し、乗っている人を自動車という「手足」を使って目的地に運ぶ自動運転技術の開発が進んでいます。

blogs.nvidia.co.jp

空飛ぶ「手足」としてドローンの自動運転も開発が進み、実世界での活躍が同じように期待されています。

innovation.mufg.jp

ディープラーニングの「眼」に製造業のロボットを「手足」としてつけることで、工場の製造工程を自動化するのも大きなニーズがあるでしょう。

www.itmedia.co.jp

また、ディープラーニングによる分類器・予測器の開発に関しては大きく分けて二つの研究分野があると思っています。

「眼」の精度を高めたり「眼」を超えることをやらせるための研究と、「眼」を実社会で役立てるための研究です。

言い換えると一つは「人が判断できない高度な判断をする」、「人が創造できないものを創造する」ための研究開発、もう一つは「人が判断していることに置き換わる」ための研究開発です。

前者の「人が判断できない高度な判断をする」、「人が創造できないものを創造する」ためのディープラーニングは、既に様々な研究が進んでいます。

例えば強化学習で人間にゲームで勝つ、画像を生成するDCGANで人が創造できない芸術作品を描く、などの研究を含みます。

こういった「人を超えるためのディープラーニング研究」が今後さらに発展していくことは間違いありません。

間違いありませんが、具体的な未来についてはまだ未知数です。

いまのところ、産業応用で大きく伸びることが確実に明らかなのは、後者の「人が判断していることに置き換わる」ためのディープラーニングです。

人が「眼」を使って判断していることを、機械の「眼」に置き換えて自動化する事業に対して、巨大な市場が広がっているのです。

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ブロックチェーンは「記憶」である

さて、長々とディープラーニングについて書いてきましたが、ブロックチェーンの方に目を向けます。

ブロックチェーン自体は分散型取引台帳であり、分散化のための技術です。

ブロックチェーンによって非中央集権化、データの改ざん防止、契約の効率化や改ざんの防止が期待できるのは今更書くまでもないことです。

ブロックチェーン技術は新たな社会基盤になり得る技術と言われていますし、私もそう思います。

しかしブロックチェーンを一言で言い表すと、ブロックチェーンは「台帳」です。

誤解を恐れずに人間の脳の機能に置き換えてしまうと、ブロックチェーンは「記憶」です。

こういってしまうとブロックチェーンは「記憶」以上のことができると反論が来そうですが、もちろんこの「記憶」は特別で画期的な技術です。

改めていうと、ブロックチェーンは国家などの中央集権的な後ろ盾なしに、正確性・耐改ざん性を持ちつつ誰にでも見れる「記憶」を作り出すことができます。

しかしここが重要なポイントですが、「記憶」するだけでは「手足」として行動できないのです。

ディープラーニングという「眼」が求める「手足」は、何らかのアウトプットをするための「手足」です。

一方でブロックチェーンは、何らかの「手足」が世の中に対して行ったアウトプットを「記憶」することで、より大きな価値を生み出す技術です。

確かに、ディープラーニングの「眼」によって得た情報を自動で非中央集権的に「記憶」するということでも十分応用性はありそうですし、そういったビジネスモデルが出てきてもおかしくはありません。

しかし、現状のディープラーニングの「眼」とブロックチェーンの「記憶」だけでは相乗効果を狙って新たなイノベーションを起こすのは難しいと思っています。

なぜならば、ディープラーニングブロックチェーンだけでは「手足」が足りないからです。

「眼」と「記憶」だけではOutputをする手段がないのです。

そのため、この二つを組み合わせて大きな価値に結びつけるためには「手足」に何を選ぶかがすべてなのです。

少なくとも、こういった視点からきちんと見渡すと、「眼」と「記憶」の役割が相乗効果を持って、適切な「手足」とともに設置されているプロジェクトを、私は未だ知りません。

批判を恐れずに書きますが、プロジェクトによっては「眼」と「記憶」が別々にただ配置されているだけだったり、「人工知能」という優良誤認を狙った言葉を使うためだけのように思えるものが少なくありません。

未来に対する私の想像力が拙いだけかもしれないだろと批判する人もいるかもしれません。

私も自分の想像力を超えた発想のプロジェクトが今後出てくる可能性を完全に否定するつもりはありません。

しかし、繰り返しますが現時点ではディープラーニングブロックチェーンはそれぞれ「眼」と「記憶」という役割に落とし込むことができます。

こういった視点で既存の「人工知能xブロックチェーン」を冠するプロジェクトをよく観察して吟味する必要があると思っています。

ゲノム核兵器"遺伝子ドライブ"がヤバそう

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こんにちは、笑ゥもなりざさんと申します。本業は医者をやっております。

ツイッターは仮想通貨アカウントとしてやっておりますが、先日の記事、

warau-monariza.hatenablog.com

に引き続き、今回もゲノム関連の記事を書きたいと思います。

前回は"ゲノムを読む"話に焦点を当てましたが、今回は"遺伝子を人為的に変える"話に焦点を当てたいと思います。

いわゆる"遺伝子組み替え"というやつです。

この"遺伝子組み換え"の技術の進歩により、近年ゲノム核兵器と呼ばれる"遺伝子ドライブ"という技術が注目を集めています。

遺伝子ドライブは個体へのゲノム編集ではなく、生物種全体に組み換えた遺伝子を広めるための技術です。

簡単に言ってしまうと、生物種全体に遺伝子組み換えを行いこれまでなかった特徴をもたせたり、消滅させたい生物種を消滅させたり、というとんでもない技術です。

2017年7月にアメリカ国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency, 通称DARPA)がこの遺伝子ドライブを含めた遺伝子組み換え技術研究に対して、4年間で6500万ドルという巨額の資金投入を始めたことで一層注目を集めるようになりました。

Building the Safe Genes Toolkit

DARPAは軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関です。

しかしその資金の投入先としては、軍事の基盤研究や学術的な基礎研究ではなく、世の中を根本から変えうるような次世代技術開発がこれまで数多く存在してきました。

DARPAがこれまでに開発してきたテクノロジーは多岐にわたり、その中でもインターネットの原型であるARPANET全地球測位システムGPSを開発したことは有名です。

国防高等研究計画局 - Wikipedia

また、近年iPhoneに搭載されている会話機能のSiriも、兵士を戦場でサポートするための人工知能開発プロジェクトとしてDARPAの研究資金によって開始されたことが知られています。

Siri - Wikipedia

このため、DARPAの資金投入先は近未来の技術革新を予測する上で重要と考えられてきました。

そのDARPAがこのタイミングでゲノム領域に手を出してきたというのは、遺伝子組み換え技術の今後を考える上でとても重要だと思われます。

遺伝子組み換え技術に近年何が起きたのか

まずはじめに、遺伝子組み換えについて、その歴史的な流れと一緒に簡単に説明させてください。

遺伝子組み換えとは、個体の遺伝子情報の一部分を人工的に変えることで、ある目的に対してより適した生物を作り出す技術です。

これまでも遺伝子組み換え技術で農作物の改良を行なったり、実験用の動物を作製したりということは行われていました。

遺伝子を組み換え技術自体は1970年代にすでに開発され、バイオテクノロジーの領域ですでに利用されてきた歴史があります。

しかし前の記事でも触れたように、ゲノム情報というのはA、G、T、Cの4文字を使って作られた何億という文字列から成り立ちます。

細胞の核の中に守られた何億という塩基の配列のわずかな部分を意図的に狙って変えるというのは簡単ではありません。

しかし目的の配列部分だけをうまく切断することができれば、遺伝子の自動修復機能を利用して欠損したままつなげることで遺伝子を働かなくしたり、別の目的の配列を挿入したりすることができます。

目的の配列を認識して狙って切断するためにzinc-finger nuclease(ZFN)という技術が発表されたのが1996年、さらに目的配列の認識能を改善した別の方法であるTranscription activator effector-like nuclease(TALEN)という技術が発表されたのが2010年のことになります。

こういった技術開発が進んではいましたが、効率や時間の面において、目的の配列を簡単に自由自在に書き換えられるという状況ではありませんでした。

目的の遺伝子を書き換えるのに、何回も何回も実験を繰り返し、作り出したたくさんの個体の遺伝子配列を調べて、目的どおりに遺伝子が書き換わったかをいちいち確認するという作業をひたすら繰り返す必要がありました。

このような中、2013年に目的のゲノムを迅速かつ容易に改変するClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat/Cas9(CRISPR/Cas9; クリスパーキャスナインと呼びます)という技術が登場しました。

CRISPR/Cas9は、RNA分子「sgRNA」を使ってゲノム上の狙った場所を認識して、切断酵素「Cas9」で効率よく得意的に目的の部位を切断する技術であり、これまでの技術よりも効率よく簡便に狙った配列を切断することができました。

このCRISPR/Cas9システムは瞬く間に世界中に広まり、遺伝子改変に要する時間と費用の大きな縮小をもたらし、遺伝子改変研究の大きな進歩をもたらしました。

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上のグラフを見ていただきたいのですが、これはPubmedと呼ばれる生物医学・生命科学論文用のデータベースで“ZFN”、“TALEN”、“CRISPR-Cas9”で検索して得られた論文数を発行年ごとに表示したグラフです。

CRISPR/Cas9に関わる論文が近年爆発的に増えているのがわかるかと思います。

また、CRISPR/Cas9システムに関する発明がノーベル賞を取るのは時間の問題とも言われており、今後さらに注目度が高まっていく技術と言えます。

長々と書きましたがここで言いたかったことは、2013年に登場したCRISPR/Cas9が迅速、簡便、そして正確な遺伝子の組み換えを可能にしたということです。

遺伝子改変技術で医療はどう変わるのか

次に、じゃあ医療の領域では具体的にどんなことができるのか、について書いていきたいと思います。

遺伝子改変技術が確立したからといって、すぐにその成果が世の中に反映されるわけではありません。

例えばある遺伝子に異常があって病気になった人間の体の遺伝子を、CRISPR/Cas9で全部治すのは現時点では不可能です。

人間は37兆個の細胞から成ると言われており、それを後からCRISPR/Cas9で全て書き換えるのは現実的な話ではありません。

また、受精卵の時点でCRISPR/Cas9で遺伝子を書き換えて遺伝子組み換え人間を生み出すことができてしまいそうですが技術も安全性も確立されていませんし、そもそも世界中どこの国でも遺伝子組み換え人間を作り出すことは倫理的に許されてはいません。

しかし例えば、血液の細胞だけが具合が悪くなる遺伝子異常であれば、その人の正常な血液の細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植すれば病気が治せるかもしれません。

また、がん細胞だけを攻撃する免疫細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植すれば、がんがなくなるかもしれません。

すでにこういった治療目的の細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植する試みは始まっています。

2016年にCRISPR/Cas9を利用した治療として世界で初めて、中国で肺がん患者に対してがんを攻撃するT細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植するという臨床試験が開始されました。

CRISPR gene-editing tested in a person for the first time : Nature News & Comment

まださらなる安全性の検証が必要な段階ではありますが、今後もCRISPR/Cas9システムを利用した治療は他の疾患でもプロジェクトが始まっており、どんどん拡大していくと考えられます。

CRISPR/Cas9システムを応用した"遺伝子ドライブ"という技術

さて、これまで説明してきたのは、遺伝子改変技術を個体に対してどう使うか?という話でした。

しかし近年、その技術を"個体"だけではなく"生物種"に応用する研究が進んできています。

最初に説明した"遺伝子ドライブ"という技術です。簡単にそのメカニズムを説明してしまうと、遺伝子組み換えのためのシステムをゲノムにそのまま埋め込んでしまう方法です。

どういうことか説明していきます。

通常、オスとメスが存在する有性生殖の場合、個体は父親と母親からそれぞれ一つづつ遺伝子を受け継ぎます。

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親の一方だけが変異遺伝子を持っていた場合には、少なくとも片方の遺伝子は正常なものを正常な親から受け継ぐため、両方が変異遺伝子になることはありません。

この状態で世代を経ると変異遺伝子を持つ個体はどのようになっていくかを示したのが下の図です。

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上の図のオレンジの蚊が変異遺伝子をもつ蚊です。見ていただくとわかるように、変異遺伝子を持った個体は全然増えません。

さて、次に変異遺伝子と一緒に正常遺伝子を切断するCRISPR/Cas9システムを埋め込んだ場合を考えてみます。

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上の図のように、両親から一つずつ遺伝子を引き継いだのちに、正常な遺伝子はCRISPR/Cas9システムによって変異遺伝子に置き換えられます。
すると世代を経るとこの変異遺伝子はあっという間に種の中に広まることになります。

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上の図のオレンジが変異遺伝子を持った蚊です。簡単に変異遺伝子を持った蚊が増えることがわかります。

この技術を応用すれば、目的とする生物種の特徴を変えてしまったり、絶滅させてしまったりすることができます。

例えばマラリアを媒介する蚊の遺伝子を変えることで、病気を媒介できなくしたり絶滅させたりしてしまえば、マラリアをこの世から消すことができる可能性があります。

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/20477724.2018.1438880

また、有害な外来種の駆除にも応用が考えられています。

www.wired.com

害虫駆除などの領域ではすでに高いニーズがあると言われており、この遺伝子ドライブのビジネス化を狙う企業も存在します。

Farmers Seek to Deploy Powerful Gene Drive - MIT Technology Review

また、昆虫だけではなく哺乳類でこのシステムが機能することもすでに確認されています。

2018年7月には、この遺伝子ドライブがマウスで機能することを実証し、哺乳類に応用できることを証明した論文がカリフォルニア大の研究グループから発表されました。

www.biorxiv.org

このように、CRISPR/Cas9によって勢いづいたゲノム編集領域の技術革新は、今後もさらなる発展が続きそうです。

しかしこのシステムを導入した生物を自然界に放つことが本当に安全なのか?についてはまだ議論がなされている最中です。

CRISPR/Cas9が目的とは異なった領域を切断する危険性、システムを導入され世代を経て別の遺伝子変異が起きた場合など、自然界に与える影響が予測できないためです。

また、遺伝子ドライブは悪用すればゲノム核兵器と呼ばれるように、凶悪な生物兵器となり得る技術でもあります。

この技術の行く末は注意深く見守りたいと思います。

 

ゲノムビジネスがもたらす未来は何がどうヤバいのか

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こんにちは、笑ゥもなりざさんと申します。本業は医者をやっております。

仮想通貨アカウントとしてやっておりますが、最近は仮想通貨に関することは全然ツイートできておりません(白目)。

引き続きノードを建てたりして仮想通貨も頑張っていきたいと思いますが、今日はもともと興味を持っていたとあるビジネス分野についてブログ記事にしてみました。

そのテーマはゲノムビジネスです。

ゲノム分野は近年、ブロックチェーンディープラーニングのように大きなイノベーションを起こしている領域です。

また、ゲノムビジネスの領域にすでにブロックチェーンが入り込もうとしている状況でもあります。

ゲノム分野のビジネスについて、どのような未来が予想され、どのようなリスクが存在するのか、常々感じていることを含めてまとめてみました。

なぜゲノムビジネスが注目を集めているのか

近年、ゲノムビジネスが医療を変えると言われるようになってからだいぶ時間が経ち、現実に世の中の医療を変える段階に来ています。

ゲノムビジネスが注目を集めている理由は多くありますが、一番はゲノム解読の価格破壊が起きたことです。

ヒトゲノム解読が終了したのが2003年ですが、ゲノム配列はまだまだ謎の宝庫です。

どの配列がどういった病気に関係しているのか、についてはすでに部分的には着々と解明が進んできているとはいえ、現在においてもなお未踏の地が多く残されています。

ゲノム研究から新たな発見をしてビジネスにつなげられる多くのチャンスがまだ眠っていると言えます。

そこへ来て、近年、次世代シークエンサーと呼ばれるゲノム解読の画期的な発明が起こりました。

The Cost of Sequencing a Human Genome - National Human Genome Research Institute (NHGRI)

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引用元:National Human Genome Research Institute

上のグラフを見ていただきたいのですが、ゲノムの解読にネックとなっていたコストの低下に関して、次世代シークエンサーの登場によりムーアの法則がぶっ壊れました

ゲノムの新たな解読法の開発によって、ゲノムの解読コストを激安にすることに成功したのです。

ゲノム解読にかかるコストの推移のグラフを見ると、恐ろしいほどの価格低下が起きていることがわかると思います。グラフは対数グラフです。

それまで一人の全ゲノムを解読するのに億単位だったコストが現在では10万円以下まで下がって来ています。

これによって、たくさんの人間のゲノム情報を読むことが、「いくらお金があっても無理」というレベルから、「お金さえあればなんとでもなる」というレベルにシフトしたのです。

そして、たくさんの人間のゲノム情報を集めれば、そこから新たな発見ができ、新たな治療法の開発に繋がるかもしれないという状況に対して、多くの企業の参入が起きたのです。

ゲノムビジネスと一言で言っても様々なビジネスがあります。

ゲノム情報を保存し解析するクラウドサービスであるGoogleゲノミクスAWSゲノミクス、ゲノム配列解析のための機器を開発するilluminaなどゲノムに関わるビジネスは多岐に渡ります。

このエントリーではその中でも、「自分のゲノム情報を知りたいというニーズに答えるビジネス」に焦点を当てたいと思います。

ゲノム情報とは何なのか

ここでいったん、「そもそもゲノムとは何か」という話をさせてください。

ゲノムとは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成されてできた言葉で、英語で書くとgenomeです。

人間は37兆個の細胞が集まってできた生命体であり、その37兆個の細胞の中には核と呼ばれる構造物が存在し(赤血球など一部の核が存在しない細胞は除く)、核の中には染色体と呼ばれる棒が46本入っています。

その染色体と呼ばれる棒はDNAと呼ばれるヒモをよじって捻って巻きつけて作られたものです。

1本の染色体を綺麗に解いていくと (現実には難しいですが) 2本のDNAが二重にらせんを作ったヒモ状構造になります。

さらにそのヒモ状構造を作るDNAを見ていくと、DNAにはアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)と呼ばれる4種類の塩基が何らかの決まりでひたすら並び続けています。

このA、G、T、Cの塩基の並び方がゲノム情報です。

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引用元:https://chugai-pharm.info/

人間では46本の染色体の棒の中に約60億塩基の配列が存在していることがわかっています。

厳密には、次世代に引き継がれる情報は母親由来、父親由来がそれぞれおよそ30億塩基となるので、ヒトゲノムといった場合にその数はおよそ30億塩基とする(より正確には32億)のが決まりです。

ここまで延々と何が言いたかったのかというと、つまり人のゲノム情報というのはA、G、T、Cの4文字を使って作られた30億文字の文字列だということです。

この文字列の中に、2万個を超える遺伝子の情報が書き込まれています。

30億とはいえ文字列なので、データとしてクラウドに保存することは容易ですし、サーバからサーバへ移動することも容易です。

ただの文字列なのでファイルになってしまえば情報の漏洩も容易に起こるため、そういった問題に対する対応策や規制も必要になってきます。

この30億の文字列の収集を巡って激しい戦いが起こっているのが今のゲノムビジネスの状況です。

ゲノム情報が一体なんの役に立つのか

たとえばゲノム情報がわかれば、そのひとがどんな病気になりやすいかがわかる可能性があります。

細胞の中では、ゲノムの配列に基づいてタンパク質が作られます。

仮に生きていくために大切なタンパク質を作るためのゲノム配列が1文字抜けてしまっていたり、他の文字に置き換わっていたり、または大きく変わってしまっていたりなどの遺伝子異常があると、作るべきタンパク質を正常に作れなくなることがあります。

例えばガンを防ぐタンパク質を正常に作れなくなってしまうと、ガンになりやすくなってしまいます。

このために、遺伝子異常によって病気が起こることになります。

仮に自分の30億の配列を全部調べ、なりやすい病気を調べることができれば、早めに手を打つことができます。

一つの例ですが、アメリカの女優であるアンジェリーナ・ジョリーさんの例が有名です。

アンジェリーナ・ジョリー - Wikipedia

彼女は遺伝子検査を受け、ガン化を抑制する遺伝子である「BRCA1」という遺伝子配列に生まれつき異常があることが発覚しました。

この遺伝子に異常があると卵巣がん乳がんになりやすいことが既に研究で分かっていました。

実際に彼女の母親も卵巣がん乳がんを発症して亡くなっており、母方の祖母が卵巣がん、叔母が乳がんで亡くなっていました。

そのため、彼女は将来のがんの発症を予防するため、乳房切除と卵巣摘出の手術を受けたのです。

この話は大きなニュースになったため、ご存知の方も多いかと思います。

この話からわかることは、あらかじめ遺伝子検査を受けることで、将来の健康に関する利益を受けられる可能性があるということです。

あなたのゲノム情報をあなた自身に提供するビジネス

じゃあ全ての人が遺伝子検査を受けるべきかというと、それを実行するのは難しいのが実際のところです。

ゲノムを読むコストが著しく下がったとはいえ、全ての健康な人が遺伝子検査を受けるために病院に押し寄せたら医療費は高騰し、病院の現場も回らなくなってしまいます。

そこで出てきたのが「あなたのゲノムを読んであげますよ」というビジネスです。

このゲノム解読ビジネスをやっている企業の一つに23andMeという企業があります。

mainichi.jp

23andMeは、2006年にGoogleの創業者であるセルゲイ・ブリンの妻であるアン・ウォジツキーが作った企業です。

当然のことながら、Googleが出資している企業の一つでもあります。

この23andMeの歩んできた道は非常に興味深く、ゲノムビジネスが医療機関なしで成立するべく規制と戦いながら道を切り開いているのを目の当たりにすることができます。

当初、23andMeは顧客のゲノム情報を解読し、病気や健康に関する情報を顧客に提供していました。

しかし2013年、米食品医薬品局(FDA)がこれに待ったをかけ、販売停止命令を出しました。

提供している情報の正確性が疑問視されたのです。

wired.jp

この結果、23andMeはゲノム情報に基づいた医療関連の情報提供を休止し、祖先に関する情報の提供のみのサービスとして事業を継続することになりました。

しかしとうとう2017年4月、FDAは23andMeに対し、ゲノム情報に基づくパーキンソン病アルツハイマー病など10疾患に関する情報の提供を認可しました。

mediacenter.23andme.com

さらに2018年3月、FDAは23andMeに対し、2つのがん抑制遺伝子(BRCA1とBRCA2の二つ。前者は前述のアンジェリーナ・ジョリーが異常を持っていた遺伝子)について、顧客に情報を提供することを認可しました。

mediacenter.23andme.com

これによって23andMeはアメリカにおいて医療機関を通さずにゲノム情報に基づく医療情報の提供ができる企業となり、現在もサービスを継続しています。

今後も認可される医療情報の範囲は広がっていくことが予想され、医療機関を介さずに利用者が自分の将来の重大な病気を予見できるようになっていくと考えられます。

ゲノムビジネスによる未来とリスク

これまでに挙げた23andMeのゲノムビジネスは、すでに明らかになっている医学研究結果に基づいた情報の提供です。

しかしゲノムビジネスの本当の利点は、大人数のゲノム情報を集め、それを医学情報と付き合わせることで新たな病気の原因遺伝子を発見し、新たな治療法の開発につなげられる可能性があることです。

大規模な人数のゲノム情報を集めることは、これまで大学や病院などの研究機関が費用の問題でできなかった課題でもあります。

企業がビジネス化することで、このようなゲノム情報収集のプラットフォームともいうべきシステムを作り上げたことはすごいことです。

こういったゲノム情報収集に関してさらに収集する情報量を拡大するべく、ブロックチェーン分野においてもすでにNebula Genomics、Zenome、LunaDNA、EncrypGenといったプロジェクトが存在しています。

www.nebulagenomics.io

zenome.io

www.lunadna.com

encrypgen.com

これらのプロジェクトは個人が自身のゲノム情報と引き換えにトークンを受け取るというシステムの構築を目指しています。

要は個人が自分のゲノム情報をトークンを介して売却できるモデルです。

確かに、こういったプロジェクトがうまく進んで多くのゲノム情報が集まり、医学研究が進むことで私たちは将来自分のゲノム情報から自分の健康に関する様々な情報を得ることができるようになるかもしれません。

しかしここで、ゲノム情報に関する重要なリスクについても触れておかなくてはなりません。

こういったゲノム情報が仮に個人に結び付けられる状態で漏洩した場合、その個人に与える影響は計り知れません。

ゲノム情報を他人に知られることは、名前や住所などの一般的な個人情報が漏れることよりもはるかに危険なのです。

なぜなら、自分のゲノム情報は未来を予知しうるものであり、また変更することができません。

仮に保険会社がこの情報を手に入れれば、将来病気になると予測される人は保険に入れなくなる可能性があります。

また、就職に関してもゲノム情報によって病気になると予測される人は採用されなくなる危険があります。

考えたくありませんが、配偶者が将来不治の病にかかるとわかってしまって離婚するみたいなことも起きないとも言えません。

全ての情報は漏洩する可能性を持ち、万が一上述のような"ゲノム差別"が起きた場合にそれを社会が解決できるのかは全く不明です。

ゲノム情報漏洩の実例

実際にゲノム情報と個人情報が意図せず結びついてしまう問題がすでに起こっています。

Personal Genome Projectという研究目的に個人ゲノムデータを集約してオープンデータとして公開しているプロジェクトがあります。

このプロジェクトではボランティアでの個人ゲノムデータの提供を受けています。もちろん23andMeで解読してもらったゲノム情報も受け付けていました。

しかし、23andMeのデータはファイル名に個人名が含まれ、これをそのままPersonal Genome Projectに提供する人がいたため、多数の個人についてゲノムと個人名が結びついて公開されてしまったのです。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/essfr/7/4/7_348/_pdf

ファイル名に個人名を含めることなんて愚かだ、とか自分の名前のついたゲノムデータファイルをそのままアップするなんて愚かだ、という意見は確かにあるでしょう。

しかしいくらこのケースを愚かだと批判したところで、意図せず個人情報とゲノム情報が結びついてしまうケースは今後も十分起こり得ます。

Personal Genome Projectではその後、「将来にわたって匿名性は保証されない」ことへの同意を前提にデータの収集を行なっています。

ゲノム情報を提供して、それが自分だとわかってしまってもいいという覚悟のある人だけデータの提供をしてくださいという状況です。

このプロジェクトでは、ゲノム情報を集めるにあたり個人のプライバシーを守る、という方針は放棄されたのです。

ゲノム情報の提供に対価を与えるべきか否か

前述のNebula Genomicsなどのゲノム情報提供の対価にトークンを与えるというプロジェクトは、ゲノム情報をより大量に集めるということに関しては画期的なのかもしれません。

23andMeの場合は、顧客側は費用を支払い、自身の健康に関する情報を得るというものでした。

23andMeのケースでは、ゲノム情報の保有権を持つのは顧客ではなく23andMe側です。

一方、Nebula Genomicsでは顧客が解析結果をトークンで買取り、顧客自身が保有権を持ちます。

そのため、顧客が研究機関や製薬企業などに自身のゲノム情報を提供し、対価としてトークンを受け取る権利を持ちます。

上述のような"ゲノム差別"のリスクがある状況で、不特定多数に情報漏洩するリスクを背負うのだから対価があってしかるべきだというのは確かにその通りかもしれません。

しかし、貧困層の人間が金銭を得るために意志に反して自身のゲノム情報を差し出さざるを得ないというような状況も起こりかねません。

金銭の授受が発生するということは、悪意のある人間が他人の組織を勝手に採取して勝手に売却するようなケースが出てくる可能性もあります。

こういった問題を社会がどのように解決するべきなのか、また解決できるのか、現時点ではわかりません。

しかし、ゲノムビジネスが進むことで治らない病気が治るようになればそれは素晴らしいことです。

ゲノムビジネスの発展がもたらす未来は、"ゲノム差別"のような恐ろしいことが起きるものではなく、病気の予知を可能にし、新たな治療の開発を可能にする素晴らしいものであってほしいと切に願います。

ブロックチェーンを使ったProof of Existenceについて調べた

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こんにちは、笑ゥもなりざさんと申します。本業は医者をやっております。

私は昨年、ビットコインがワイワイ盛り上がるなか、どうせなら自分のいる医療業界に関わりそうなICOに投資できないものかと考え、ある一つのプロジェクト(Tierion)に投資をしました。

当時はあまり詳しいことは考えずに、医療とブロックチェーンが関わってそうな中では比較的実現可能性が高そうかなぁと考えただけでした。

そんな私も現在は同プロジェクトの築城 (ノードを立ててリワードをもらいながらプロジェクトに協力すること) をするまでに成長しました (;´д`)

そのプロジェクトが利用しているProof of Existenceがどんな技術かはなんとなくは理解していましたが、今更になってもっと深く広く調べようと思い立ちました。

せっかく調べてみたのでブログにでも残しておこうかと思ったエントリーになります。

 

Proof of Existenceとはそもそも何か

ビットコインを始めとした仮想通貨の送金や決済の他に、ブロックチェーンの使い方の一つとしてProof of Existence (PoE)があります。

その名の通り、"存在を証明する"ためのブロックチェーンの利用法です。

具体的には、文書などのファイルをハッシュ化(暗号化)してそのハッシュと時刻をビットコインなどのパブリックブロックチェーンに書き込みます。

ハッシュはそれだけから元のファイルを復元することはできず、同じハッシュを作り出すことができるのは元のファイルのみです。

ブロックチェーンにハッシュが刻まれていることを確認することで、ファイルが"その時刻に存在したこと"を後々になって証明することができます。

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手元のファイルのハッシュがブロックチェーン上に刻まれたものと一致すれば、ブロックチェーンにハッシュが刻まれた時刻から確認を行なった現在までの間に、そのファイルは改ざんされていないと証明できます。

また、ブロックチェーンに刻まれる時点でファイルは暗号化されいるので、ファイルの中身を公開する必要がありません。

つまり、情報の機密性を保ったままそのファイルの「過去の時点での存在」・「過去から現在までの改ざんの有無」の証明ができます。

そしてPoEではビットコインなどのパブリックブロックチェーンを使うため、役所や証明機関が作った証明書とは異なり、特定の機関に依存せずに証明の実効力を持ちます。

 

Proof of Existenceを実際に利用できるサービス

PoEを実際に使ってみるとなんとなくできることとできないことの感じがわかります。

実際に使うなんて何やら難しそうですが、実は世の中にはすでに多くのサービスが存在しています。

つまり、誰でも気軽にPoEを利用することができます。

ややこしいのですが、このブロックチェーンのPoEを利用した"Proof of Existence"というサービスが古くから存在しており、

 

proofofexistence.com

このサービスを利用すると利用者は自分のファイルをアップしてこのProof of Existence*というサービスを利用してPoEを利用する ことが可能です。

*ややこしいので以降はこの言葉はサービス名ではなく使い方の方法名として記載していきます。

ただしこのサービス自体は有料で、一つのファイルごとに0.5mBTCを要求されます。

また、こういった同様のサービスはすでにたくさんあり、

 

OpenTimestamps

https://originstamp.org/home

tangible.io - trusted timestamping using the Bitcoin blockchain

Trusted Timestamping with OriginStamp

bitsig - Blockchain Timestamps

https://uproov.com

 

上の例はその一部ですが、このようにすでに多くの企業がPoEを使った個人向けのサービスを立ち上げています。

ビットコインのチェーン以外の例だと、NEMのApostille(アポスティーユ)はすでにこのPoEが誰でも簡単に使えるように実装されており、NEMまたはmijinのブロックチェーンにファイルをハッシュ化して刻むことが可能です。

テックビューロとNEMが、所有権が移転可能な世界初のブロックチェーン証明書発行ツール『アポスティーユ』を無償公開 | mijin

 

著作権の証明方法としてのProof of Existence

PoEで注目されている用途の一つが著作権の証明です。

著作権は作者が創作した時点で発生するもので、どこかに登録しないと認められないというのは本来の著作権のあり方ではありません。

しかし、剽窃や無断転載などが多い今、著作権を立証するための方法が必要になっています。

著作権侵害のケースを予防したり、または著作物が勝手に使われた場合にその著作権が自分のものであると証明したりするために、PoEが利用できます。

仮になんらかの自分の作品が勝手に他人に発表されてしまった場合、過去のある時点でブロックチェーンに作者名が特定できるように作品をハッシュ化を刻んでおけば、自分の著作物であることの主張に利用できるわけです。

この場合の作品は、デジタル化できて最終的にハッシュ化できれば音楽でも絵でも写真でも可能です。

PoEを使えば手間のかかる手続きを行うことなくブロックチェーンに作品のハッシュを埋め込むだけで済みます。

しかも、特定の第三者機関にその証明の正当性を委ねる必要がありません。

 

news.yahoo.co.jp

ただ上の記事にも書かれていますが、実際に裁判などの争いになった場合にどこまで有効性を持つのかはまだ前例はないようです。

 

ちなみに、こういった目的を持ったサービスの一つの例として、TwitterのツイートにタグをつけるだけでこのPoEを利用できツイート内容の著作権を証明できるというサービスが実はすでに存在しています。

 

jp.techcrunch.com

このBlockaiという企業は現在はBindedと社名変更してサービスを継続しています。

Binded: Copyright made simple

jp.techcrunch.com

ちなみに同社には日本の朝日新聞社も出資しているようです。新聞記事の勝手な転載など、新聞業界にもニーズはあるようです。

 

また、同じように著作権の立証をサポートするためのPoEを利用したサービスとして、Po.etが挙げられます。

 

www.po.et

 

また、他のPoEを利用した著作権に関する興味深い例では、過去に筑波大学のシステム情報工学研究科のチームにより、折り紙の折り図をデータ化してビットコインのアドレスに変換してそこへのトランザクションを書き込むといった試みが発表されていました。

 

ブロックチェーンによる分散型タイムスタンプとその折り紙著作権保護への応用

innovation.mufg.jp

 

考えみると、個人のクリエイターが自分で自分の著作物に対する著作権を主張しようとした場合に、現状だと可能な方法は限られています。

そういった現状に対して、PoEは確かに有用な方法となります。

 

Proof of Existenceで何ができないか

PoEで証明できるのは、"ブロックチェーンに刻んだ時点での存在と、現在までの改ざんの有無"です。

PoEでできることは、実は非常に限定されています。ためしにできそうでできないことを挙げてみます。

例えば著名人がツイッターで失言をしたことを証拠として刻んでおいても、失言の証拠にはなりません。

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上の図だと、失言ツイートが放たれてからハッシュ化されるまでの間に、第三者がそのツイートを改ざんする可能性が残ります。

極端な例を言ってしまえば、誰かが発言を捏造してブロックチェーンに刻んで、失言の証拠だと騒いでいる可能性だってあります。

ですのでこの場合、証拠としての実効力を持ちません。

また、未来を予言したことの証明に使えるという考えもあるかもしれませんが、これも状況が限られます。

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ブロックチェーンに刻む時点で情報はハッシュ化されていて外からはわからないので、複数の予想をあらかじめ刻んでおいても、はたから見たらわかりません。

よって予想の証明に利用することも難しいです。

Proof of Existenceを適用できるのは、「ハッシュ化する時点では改ざんによる利益が不確定で特定の利益を狙った改ざんのしようがないもの」、または「契約書などで利害が関わる全員が同じファイルを所持して内容の正当性を確認できるケース」などに限られます。

 

ビジネスにおける記録の管理としてのProof of Existence

失言の証拠や未来予測の証明にはならなくても、PoEでは文書の改ざんの有無が証明できます。

改ざんの有無の証明ができるというのはビジネスの領域において大きなニーズになります。

契約が関わる保険、証券、貸付、そして医療記録などにおいても、改ざんがないことの証明が求められるケースは数え切れません。

しかしこういったビジネスの現場で大量のファイルをパブリックブロックチェーンに刻もうとする場合、トランザクション生成に必要な最低送金額やトランザクションの認証に要する時間が問題になってきます。

一部のプロジェクトではデータのハッシュ化からバプリックブロックチェーンの間に中間にレイヤーを置いて多数のハッシュをまとめて上げることでその問題を解決しています。

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上の図は非常に簡略化した図ですが、中間にハッシュをまとめて処理するレイヤーを置くことで、PoEをビジネスの現場で現実的に利用できるようにしているわけです。

こういったビジネスの現場での大量のファイルに対するPoEの利用を目指したプロジェクトには、例えば以下のようなものがあります。

 

www.factom.com

tierion.com

stamp.io

 

どのプロジェクトがどう優れているのかといった言及はここでは避けます (利益相反) が、最初に言及したTierionはこのビジネス用PoEに類されるわけです。

 

既存のタイムスタンプビジネスとProof of Existence

そもそもビジネス向けPoEというのはいわゆるタイムスタンプビジネスな訳です。

これらのPoEを利用したタイムスタンプビジネスは、すでに存在しているタイムスタンプビジネスの牙城を崩さなくては生き残れません。

しかし以下は日本の記事ですが、タイムスタンプビジネス自体がまだ広まっておらず黎明期であるというのが現状のようです。

 

www.dekyo.or.jp

 

現在は必要な領域では時刻認証事業者がタイムスタンプ付与を行なっています。

しかしこういった事業者のサーバがハッキングを受けて時刻の改ざんなどが起きるというリスクは一応存在しています。

悪意のある考え方をすれば、こういった事業者が自分に不利になる証明を求められた場合に事実を改ざんするリスクもあります。

そのような状況において、PoEは確かに利点を持っています。

 

まとめ

調べてみるとPoEの分野は既に多くのサービスが存在しており、またそれなりに時間も経っているということがわかりました。

そもそも登場からそれなりの時間が経過していながらPoEが一般化していないのは、業界によっては電子署名や既存のタイムスタンプで十分世の中が回っているという面もあるでしょう。

一方でトランザクション生成にかかる時間や費用の面をクリアして実用化を果たそうとするプロジェクトが出てきているのも確かです。

非中央集権的なブロックチェーンを使うという強みを生かしたタイムスタンプ証明というプロジェクトが、今後のタイムスタンプ市場の拡大にうまく乗れるかどうか、これまでの既存の事業者を相手にどこまで切り込んでいけるか、というのを築城しながら見守っていきたいと思います。 

ちなみに私は別にPoEの専門家でもなんでもないので、飛んできたマサカリは真摯に受け止める所存です・・・