ゲノム核兵器"遺伝子ドライブ"がヤバそう

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こんにちは、笑ゥもなりざさんと申します。本業は医者をやっております。

ツイッターは仮想通貨アカウントとしてやっておりますが、先日の記事、

warau-monariza.hatenablog.com

に引き続き、今回もゲノム関連の記事を書きたいと思います。

前回は"ゲノムを読む"話に焦点を当てましたが、今回は"遺伝子を人為的に変える"話に焦点を当てたいと思います。

いわゆる"遺伝子組み替え"というやつです。

この"遺伝子組み換え"の技術の進歩により、近年ゲノム核兵器と呼ばれる"遺伝子ドライブ"という技術が注目を集めています。

遺伝子ドライブは個体へのゲノム編集ではなく、生物種全体に組み換えた遺伝子を広めるための技術です。

簡単に言ってしまうと、生物種全体に遺伝子組み換えを行いこれまでなかった特徴をもたせたり、消滅させたい生物種を消滅させたり、というとんでもない技術です。

2017年7月にアメリカ国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency, 通称DARPA)がこの遺伝子ドライブを含めた遺伝子組み換え技術研究に対して、4年間で6500万ドルという巨額の資金投入を始めたことで一層注目を集めるようになりました。

Building the Safe Genes Toolkit

DARPAは軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関です。

しかしその資金の投入先としては、軍事の基盤研究や学術的な基礎研究ではなく、世の中を根本から変えうるような次世代技術開発がこれまで数多く存在してきました。

DARPAがこれまでに開発してきたテクノロジーは多岐にわたり、その中でもインターネットの原型であるARPANET全地球測位システムGPSを開発したことは有名です。

国防高等研究計画局 - Wikipedia

また、近年iPhoneに搭載されている会話機能のSiriも、兵士を戦場でサポートするための人工知能開発プロジェクトとしてDARPAの研究資金によって開始されたことが知られています。

Siri - Wikipedia

このため、DARPAの資金投入先は近未来の技術革新を予測する上で重要と考えられてきました。

そのDARPAがこのタイミングでゲノム領域に手を出してきたというのは、遺伝子組み換え技術の今後を考える上でとても重要だと思われます。

遺伝子組み換え技術に近年何が起きたのか

まずはじめに、遺伝子組み換えについて、その歴史的な流れと一緒に簡単に説明させてください。

遺伝子組み換えとは、個体の遺伝子情報の一部分を人工的に変えることで、ある目的に対してより適した生物を作り出す技術です。

これまでも遺伝子組み換え技術で農作物の改良を行なったり、実験用の動物を作製したりということは行われていました。

遺伝子を組み換え技術自体は1970年代にすでに開発され、バイオテクノロジーの領域ですでに利用されてきた歴史があります。

しかし前の記事でも触れたように、ゲノム情報というのはA、G、T、Cの4文字を使って作られた何億という文字列から成り立ちます。

細胞の核の中に守られた何億という塩基の配列のわずかな部分を意図的に狙って変えるというのは簡単ではありません。

しかし目的の配列部分だけをうまく切断することができれば、遺伝子の自動修復機能を利用して欠損したままつなげることで遺伝子を働かなくしたり、別の目的の配列を挿入したりすることができます。

目的の配列を認識して狙って切断するためにzinc-finger nuclease(ZFN)という技術が発表されたのが1996年、さらに目的配列の認識能を改善した別の方法であるTranscription activator effector-like nuclease(TALEN)という技術が発表されたのが2010年のことになります。

こういった技術開発が進んではいましたが、効率や時間の面において、目的の配列を簡単に自由自在に書き換えられるという状況ではありませんでした。

目的の遺伝子を書き換えるのに、何回も何回も実験を繰り返し、作り出したたくさんの個体の遺伝子配列を調べて、目的どおりに遺伝子が書き換わったかをいちいち確認するという作業をひたすら繰り返す必要がありました。

このような中、2013年に目的のゲノムを迅速かつ容易に改変するClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat/Cas9(CRISPR/Cas9; クリスパーキャスナインと呼びます)という技術が登場しました。

CRISPR/Cas9は、RNA分子「sgRNA」を使ってゲノム上の狙った場所を認識して、切断酵素「Cas9」で効率よく得意的に目的の部位を切断する技術であり、これまでの技術よりも効率よく簡便に狙った配列を切断することができました。

このCRISPR/Cas9システムは瞬く間に世界中に広まり、遺伝子改変に要する時間と費用の大きな縮小をもたらし、遺伝子改変研究の大きな進歩をもたらしました。

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上のグラフを見ていただきたいのですが、これはPubmedと呼ばれる生物医学・生命科学論文用のデータベースで“ZFN”、“TALEN”、“CRISPR-Cas9”で検索して得られた論文数を発行年ごとに表示したグラフです。

CRISPR/Cas9に関わる論文が近年爆発的に増えているのがわかるかと思います。

また、CRISPR/Cas9システムに関する発明がノーベル賞を取るのは時間の問題とも言われており、今後さらに注目度が高まっていく技術と言えます。

長々と書きましたがここで言いたかったことは、2013年に登場したCRISPR/Cas9が迅速、簡便、そして正確な遺伝子の組み換えを可能にしたということです。

遺伝子改変技術で医療はどう変わるのか

次に、じゃあ医療の領域では具体的にどんなことができるのか、について書いていきたいと思います。

遺伝子改変技術が確立したからといって、すぐにその成果が世の中に反映されるわけではありません。

例えばある遺伝子に異常があって病気になった人間の体の遺伝子を、CRISPR/Cas9で全部治すのは現時点では不可能です。

人間は37兆個の細胞から成ると言われており、それを後からCRISPR/Cas9で全て書き換えるのは現実的な話ではありません。

また、受精卵の時点でCRISPR/Cas9で遺伝子を書き換えて遺伝子組み換え人間を生み出すことができてしまいそうですが技術も安全性も確立されていませんし、そもそも世界中どこの国でも遺伝子組み換え人間を作り出すことは倫理的に許されてはいません。

しかし例えば、血液の細胞だけが具合が悪くなる遺伝子異常であれば、その人の正常な血液の細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植すれば病気が治せるかもしれません。

また、がん細胞だけを攻撃する免疫細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植すれば、がんがなくなるかもしれません。

すでにこういった治療目的の細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植する試みは始まっています。

2016年にCRISPR/Cas9を利用した治療として世界で初めて、中国で肺がん患者に対してがんを攻撃するT細胞をCRISPR/Cas9で作り出して移植するという臨床試験が開始されました。

CRISPR gene-editing tested in a person for the first time : Nature News & Comment

まださらなる安全性の検証が必要な段階ではありますが、今後もCRISPR/Cas9システムを利用した治療は他の疾患でもプロジェクトが始まっており、どんどん拡大していくと考えられます。

CRISPR/Cas9システムを応用した"遺伝子ドライブ"という技術

さて、これまで説明してきたのは、遺伝子改変技術を個体に対してどう使うか?という話でした。

しかし近年、その技術を"個体"だけではなく"生物種"に応用する研究が進んできています。

最初に説明した"遺伝子ドライブ"という技術です。簡単にそのメカニズムを説明してしまうと、遺伝子組み換えのためのシステムをゲノムにそのまま埋め込んでしまう方法です。

どういうことか説明していきます。

通常、オスとメスが存在する有性生殖の場合、個体は父親と母親からそれぞれ一つづつ遺伝子を受け継ぎます。

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親の一方だけが変異遺伝子を持っていた場合には、少なくとも片方の遺伝子は正常なものを正常な親から受け継ぐため、両方が変異遺伝子になることはありません。

この状態で世代を経ると変異遺伝子を持つ個体はどのようになっていくかを示したのが下の図です。

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上の図のオレンジの蚊が変異遺伝子をもつ蚊です。見ていただくとわかるように、変異遺伝子を持った個体は全然増えません。

さて、次に変異遺伝子と一緒に正常遺伝子を切断するCRISPR/Cas9システムを埋め込んだ場合を考えてみます。

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上の図のように、両親から一つずつ遺伝子を引き継いだのちに、正常な遺伝子はCRISPR/Cas9システムによって変異遺伝子に置き換えられます。
すると世代を経るとこの変異遺伝子はあっという間に種の中に広まることになります。

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上の図のオレンジが変異遺伝子を持った蚊です。簡単に変異遺伝子を持った蚊が増えることがわかります。

この技術を応用すれば、目的とする生物種の特徴を変えてしまったり、絶滅させてしまったりすることができます。

例えばマラリアを媒介する蚊の遺伝子を変えることで、病気を媒介できなくしたり絶滅させたりしてしまえば、マラリアをこの世から消すことができる可能性があります。

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/20477724.2018.1438880

また、有害な外来種の駆除にも応用が考えられています。

www.wired.com

害虫駆除などの領域ではすでに高いニーズがあると言われており、この遺伝子ドライブのビジネス化を狙う企業も存在します。

Farmers Seek to Deploy Powerful Gene Drive - MIT Technology Review

また、昆虫だけではなく哺乳類でこのシステムが機能することもすでに確認されています。

2018年7月には、この遺伝子ドライブがマウスで機能することを実証し、哺乳類に応用できることを証明した論文がカリフォルニア大の研究グループから発表されました。

www.biorxiv.org

このように、CRISPR/Cas9によって勢いづいたゲノム編集領域の技術革新は、今後もさらなる発展が続きそうです。

しかしこのシステムを導入した生物を自然界に放つことが本当に安全なのか?についてはまだ議論がなされている最中です。

CRISPR/Cas9が目的とは異なった領域を切断する危険性、システムを導入され世代を経て別の遺伝子変異が起きた場合など、自然界に与える影響が予測できないためです。

また、遺伝子ドライブは悪用すればゲノム核兵器と呼ばれるように、凶悪な生物兵器となり得る技術でもあります。

この技術の行く末は注意深く見守りたいと思います。